上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
行動は言葉よりも雄弁に語る。

意味は文字通り、人は言葉より行いで判断される。

私を含め、とかく日本人は言葉を信じやすい。

仕事上での約束でさえ、契約書を交わさなくても電話などで、「いつまでに○○納品お願いします。」「いつまでに○○送って下さいね。」で通ってしまうし、そうして相手方も受けてくれるので、日本ではそれでビジネスとして成立してしまっている。

それは日本人だから、日本だから通るビジネスのやり取りだけれど、それが全部悪いとは言えない。
それだけ日本人は言葉に重きをおいて信用しているし、発した言葉は守らなければいけないと思う故、日本人は礼儀正しい、サービスが良いと海外の人から高い評価を受けている理由でもあると思う。

言葉を信じるのは良い面もあるし、悪い面もある。

言霊という言葉があるくらいなので、もちろん言葉も重要だと思う。

でも時に、言葉を信じすぎてしまうが故に、傷つく事、間違えてしまう事も沢山ある。

仲の良い相手ほど、その人の言葉を信じやすい。

「今度は○○に行こう」
そう言って行った事が無い。

「直ぐにまた連絡する」
そう言って連絡が来ない。

「明日また会おう」
そう言われてこちらから連絡して当日キャンセルされたり、返事が来ない。

相手が軽い気持ちで(ノリで)言った言葉だったとしても、受け取る側がその言葉を信じて待てば待つほど、その言葉が守られなかった時には、ショックで裏切られた気持ちになり、相手の言葉に期待して待ってた自分がバカみたいに思えて空しくなる。
でもきちんと約束したわけでは無いから相手を責める事も出来ず、言葉は決して約束では無いと、思い知らされる。

好きな(仲の良い)相手ほど、受けるショックは大きい。
何故なら、どうでも良い相手の言葉はそもそも期待してないし、その言葉を鵜呑みにしないから。(苦笑)

当然私も言葉を信用しては何度も傷ついてきたし、落ち込んだりした。
... read more
スポンサーサイト
2015.03.11 4 years
今日から期待の海外ドラマ、「Empire(エンパイア)」の放送がFOXで始まるので、それを見て過ごそうと思っていたけれど、そんな気分にもなれず、やっぱり今日のこの日は、あの日を思い出すようにしようと、これを書いています。

4年前の3月11日。

仕事中に二度の大きな揺れを感じ、同じフロアにいた全員で外に出た後、就業時間を待たずに帰宅せよとの達しがあり、電車が止まっているとの情報があったので、近くの同僚を送り、車で帰宅。

大きな揺れの割りには、周りの看板も電柱も家も壊れた様子が無く、家では食器でも割れてるだろうか、と思ったけれど一つも落ちてなくて、何の気無しに付けたテレビで、東北に襲いかかる津波の映像を見た。

畑をもの凄いスピードで飲み込んでいく波と、畑を横切る道路を走っている車。

声なんて届くわけないのに、早く、もっとスピード上げて走って!そう祈りながら、波に飲み込まれる瞬間を、テレビを通してただ見ているだけしか出来なかった。

その日の夜は、自宅が自衛隊基地の近くという事もあり、今まで経験した事が無いくらいの連続した飛行機音が鳴り響いてたのと、テレビで見た映像が焼きついて眠れなかった。

映画でしか見た事が無いような映像が、テレビから映し出されていた。これは映画じゃない、現実なんだと。

実際に津波や原発の被害に遭っていない私でも、気分は暗かった。

計画停電になり、全く先の見えない状況で、希望なんて見えなかった。

あの日から4年。

震災が起こる前と変わらない生活に戻ってはいるけれど、着実に私の中の何かが変わった。

以前から、その時を精一杯、後悔しないように生きようとは思っていたけれど、その思いは一層強くなった。

また、祖国が日本である私達は、例えどんなに放射能が危険だと分かっていても、どこにも逃げる事が出来ないけれど、母国で無い人達がリスクを冒してまで日本で暮らし、また日本に来てくれて、日本が好きだと言ってくれる人達の存在が有難いと思うようになった。

私達が色んな国の人達から受けた支援(物だけじゃなく、言葉や行動も)を、誰かがどこかで、少しでも返していけたら、そう思って私なりにやってきた4年でもあります。

沢山の方があの日、したい事、言いたい事が言えないまま、亡くなってしまった事を考えたら、少し無理してでも、今しか出来ない事、伝えるべき事を伝えた方がいいと思いませんか?

なかなか難しいけれど、今ある事に感謝して、生きていけたらと思います。
2015.03.10 人脈
また2ヶ月も放っておいた間に私生活、仕事含め色んな事がありました。

仕事の方は、もうギリギリ限界!に近いところまできてたけれど、部署毎移動が決まって、ウマが合わない上司とチョー面倒くさい同僚と離れられる事が分かったので、もう少し頑張れそうです。(?)
あー、せいせいした。

そして私生活の方は、もう自分の環境とは全く違う世界の友人なんてこれ以上出来ないだろうと思っていたら、数年に及ぶ友人関係から現役欧米人モデルと友達になり、ちょっとしたきっかけでプロの写真家(イギリス人)とも知り合いになり、何だかここにきて急に私の周りの人間関係が変わってきております。

新たな友達が出来ると、今まで見てきた目線(見方)が変わるというけれど、事実少しずつ変わってきてるような気も…。

留学してた頃、現地に住んでいたってネイティブの友人が出来なくて、どうやったら作れるのかと模索して、結局一人も出来ずに帰国したのが、今のこの状況は何。逆に今は、縁が向こうからやってくる感じ。

何だろう…結局人との出会いって、自分が望んで出来るものじゃなくて、「運」という一言で収めてしまいたくないけれど、それでもやっぱりそういう巡り合わせとタイミングなんだな、とこの歳になって気付きました。

過去に自分がやってきた事、行動に伴って今が作られるというのは本当で、望もうと望むまいと、偶然という名の必然で起こるべくして起こってきた事なのかな…。

もちろん、ずっと続く縁も、途中で切れてしまう縁もある。

例え私から縁を切る事があっても、出会った事に後悔した事は無い。
理由は様々あっても、それはその時で、色々学んだ事があったから。

そう思えるようになったのは、私も少しは大人になったからかな。でも感謝はしていないけれど。(苦笑)

嫌な思いを沢山したし、我慢もした。それでダメだ、と思ったら気持ちは二度と元には戻れないので、縁を切ったら最後、赤の他人になります。そういえば昔、似たような知り合いがいたかな、みたいな。

それでも人生は、こうして新しい出会いを作ってくれるんだから、前を向いて今を生きていけばいいんじゃないかと思います。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。