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行動は言葉よりも雄弁に語る。

意味は文字通り、人は言葉より行いで判断される。

私を含め、とかく日本人は言葉を信じやすい。

仕事上での約束でさえ、契約書を交わさなくても電話などで、「いつまでに○○納品お願いします。」「いつまでに○○送って下さいね。」で通ってしまうし、そうして相手方も受けてくれるので、日本ではそれでビジネスとして成立してしまっている。

それは日本人だから、日本だから通るビジネスのやり取りだけれど、それが全部悪いとは言えない。
それだけ日本人は言葉に重きをおいて信用しているし、発した言葉は守らなければいけないと思う故、日本人は礼儀正しい、サービスが良いと海外の人から高い評価を受けている理由でもあると思う。

言葉を信じるのは良い面もあるし、悪い面もある。

言霊という言葉があるくらいなので、もちろん言葉も重要だと思う。

でも時に、言葉を信じすぎてしまうが故に、傷つく事、間違えてしまう事も沢山ある。

仲の良い相手ほど、その人の言葉を信じやすい。

「今度は○○に行こう」
そう言って行った事が無い。

「直ぐにまた連絡する」
そう言って連絡が来ない。

「明日また会おう」
そう言われてこちらから連絡して当日キャンセルされたり、返事が来ない。

相手が軽い気持ちで(ノリで)言った言葉だったとしても、受け取る側がその言葉を信じて待てば待つほど、その言葉が守られなかった時には、ショックで裏切られた気持ちになり、相手の言葉に期待して待ってた自分がバカみたいに思えて空しくなる。
でもきちんと約束したわけでは無いから相手を責める事も出来ず、言葉は決して約束では無いと、思い知らされる。

好きな(仲の良い)相手ほど、受けるショックは大きい。
何故なら、どうでも良い相手の言葉はそもそも期待してないし、その言葉を鵜呑みにしないから。(苦笑)

当然私も言葉を信用しては何度も傷ついてきたし、落ち込んだりした。
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2015.03.11 4 years
今日から期待の海外ドラマ、「Empire(エンパイア)」の放送がFOXで始まるので、それを見て過ごそうと思っていたけれど、そんな気分にもなれず、やっぱり今日のこの日は、あの日を思い出すようにしようと、これを書いています。

4年前の3月11日。

仕事中に二度の大きな揺れを感じ、同じフロアにいた全員で外に出た後、就業時間を待たずに帰宅せよとの達しがあり、電車が止まっているとの情報があったので、近くの同僚を送り、車で帰宅。

大きな揺れの割りには、周りの看板も電柱も家も壊れた様子が無く、家では食器でも割れてるだろうか、と思ったけれど一つも落ちてなくて、何の気無しに付けたテレビで、東北に襲いかかる津波の映像を見た。

畑をもの凄いスピードで飲み込んでいく波と、畑を横切る道路を走っている車。

声なんて届くわけないのに、早く、もっとスピード上げて走って!そう祈りながら、波に飲み込まれる瞬間を、テレビを通してただ見ているだけしか出来なかった。

その日の夜は、自宅が自衛隊基地の近くという事もあり、今まで経験した事が無いくらいの連続した飛行機音が鳴り響いてたのと、テレビで見た映像が焼きついて眠れなかった。

映画でしか見た事が無いような映像が、テレビから映し出されていた。これは映画じゃない、現実なんだと。

実際に津波や原発の被害に遭っていない私でも、気分は暗かった。

計画停電になり、全く先の見えない状況で、希望なんて見えなかった。

あの日から4年。

震災が起こる前と変わらない生活に戻ってはいるけれど、着実に私の中の何かが変わった。

以前から、その時を精一杯、後悔しないように生きようとは思っていたけれど、その思いは一層強くなった。

また、祖国が日本である私達は、例えどんなに放射能が危険だと分かっていても、どこにも逃げる事が出来ないけれど、母国で無い人達がリスクを冒してまで日本で暮らし、また日本に来てくれて、日本が好きだと言ってくれる人達の存在が有難いと思うようになった。

私達が色んな国の人達から受けた支援(物だけじゃなく、言葉や行動も)を、誰かがどこかで、少しでも返していけたら、そう思って私なりにやってきた4年でもあります。

沢山の方があの日、したい事、言いたい事が言えないまま、亡くなってしまった事を考えたら、少し無理してでも、今しか出来ない事、伝えるべき事を伝えた方がいいと思いませんか?

なかなか難しいけれど、今ある事に感謝して、生きていけたらと思います。
2015.03.10 人脈
また2ヶ月も放っておいた間に私生活、仕事含め色んな事がありました。

仕事の方は、もうギリギリ限界!に近いところまできてたけれど、部署毎移動が決まって、ウマが合わない上司とチョー面倒くさい同僚と離れられる事が分かったので、もう少し頑張れそうです。(?)
あー、せいせいした。

そして私生活の方は、もう自分の環境とは全く違う世界の友人なんてこれ以上出来ないだろうと思っていたら、数年に及ぶ友人関係から現役欧米人モデルと友達になり、ちょっとしたきっかけでプロの写真家(イギリス人)とも知り合いになり、何だかここにきて急に私の周りの人間関係が変わってきております。

新たな友達が出来ると、今まで見てきた目線(見方)が変わるというけれど、事実少しずつ変わってきてるような気も…。

留学してた頃、現地に住んでいたってネイティブの友人が出来なくて、どうやったら作れるのかと模索して、結局一人も出来ずに帰国したのが、今のこの状況は何。逆に今は、縁が向こうからやってくる感じ。

何だろう…結局人との出会いって、自分が望んで出来るものじゃなくて、「運」という一言で収めてしまいたくないけれど、それでもやっぱりそういう巡り合わせとタイミングなんだな、とこの歳になって気付きました。

過去に自分がやってきた事、行動に伴って今が作られるというのは本当で、望もうと望むまいと、偶然という名の必然で起こるべくして起こってきた事なのかな…。

もちろん、ずっと続く縁も、途中で切れてしまう縁もある。

例え私から縁を切る事があっても、出会った事に後悔した事は無い。
理由は様々あっても、それはその時で、色々学んだ事があったから。

そう思えるようになったのは、私も少しは大人になったからかな。でも感謝はしていないけれど。(苦笑)

嫌な思いを沢山したし、我慢もした。それでダメだ、と思ったら気持ちは二度と元には戻れないので、縁を切ったら最後、赤の他人になります。そういえば昔、似たような知り合いがいたかな、みたいな。

それでも人生は、こうして新しい出会いを作ってくれるんだから、前を向いて今を生きていけばいいんじゃないかと思います。
2014.12.18 違い
随分前に、ツイッター上で、ファンとして接していた相手と友達になった人の話を聞いた事があった。

その時は全く縁の無い話だと思っていたので、そうなんですかーなんて他人事のように聞いていたけれど、実際そういう世界の人(私の場合、ファンじゃなかったけど・苦笑)と友人になって、その人がその時言っていた事が少し理解出来た。

まず、友達になる前はファンでは無くても、ショーに出ていたプログラムや写真にサイン貰ったし、その時は欲しいと思った。

でも友達になっちゃっうと、「サインを貰う」という気が無くなった。というか、サインを貰う事に違和感を覚えるようになってしまった。(苦笑)

だって、他の友達にサイン貰う事なんて無いし(苦笑)、仮にその友達が舞台に立ったからといって、サインを欲しいとは思わない。
でも、もし友達の誰かが初めてCDを制作して販売したら買うし、記念にCDにサインは欲しいと思う。
ファースト・アルバムはその友達にとっても大切だと思うから、一緒にお祝いしたいし、売上げ貢献も兼ねて。(笑)

それ以外で、例えば他のショーに出て見に行ったからといって、そのパンフやチケットに友達のサインを欲しいとは思わない。何故か?と問われても、理由はハッキリとは分からない。ただ、欲しいという気持ちが全く無くなったとしか答えられない。
いわゆるサインって、コレクションの一部だと思う。

でも、友達はコレクションじゃない。

多分、気持ちの変化というか、違いはそこなんだと思う。

沢山のファンに囲まれてサインをしている姿を見ている方が嬉しいし、もっとファンが増えて欲しいと思う。名前が売れればいいと願ってる。

ツイッターで聞いた、「友達になると裏方になっちゃうんですよ。(苦笑)」

という一言が今はよく分かる。

何とかして友達を売ろうと(苦笑)、方々でアピールしてみたり、周りにファンの人がいたら、私、撮影係やります!あ、サイン?欲しいですよね?(世話好きのオバサンみたいだな・苦笑)みたいな。

これがもし私がファンの立場だったら、周りに沢山ファンがいたらゆっくり話せないから、人が少ない方がいいなーとか完全に自分目線になるけれど、友達の立場だと、逆にファンは沢山いたほうがいい!と思う。そこでファンより自分を優先して欲しいと思うようだったら、友達とは言えない。
エンターテイメントの世界で生きていくには、ファンがどれだけ大事か分かるから、友達である自分よりファンを優先するのは当然だし、そうしてもらわないと困るわけです。(苦笑)
もしそこで、ファンを無視したら逆に友達としてファンサービスしなさい、と私なら怒ります。あーた何様ですか。ファンがいるから生きていかれるんでしょうよ、と。(苦笑)

もしかしたら、ファンの立場より友達になりたい!と思ってる人は沢山いるかもしれない。
私が一つ言えるのは、大ファンの人とは絶対に友達にならない方がいい。
私は絶対になりたくない。(なれないと思うけど・苦笑) ファンなら大事にして貰えるし、いつまでもファンとしてトキメキ(死語)を失わないでいられる。
何で友達だとトキメかなくなるのか?目の前にしただけでトキメいてたら一緒に食事出来ないし、ロクに会話も出来ないと思う。第一その状態は友達とは言えない。(苦笑)それにファンの方が沢山良い事がある。

友達だと扱いはぞんざいになってくるし、喧嘩はするし、テキトーだし、嫌なとこも見えてくる。(苦笑)

結局友達になれたのは、私がファンじゃなかったから、すんなり気持ちの切り替えが出来たからなのかも。

もちろん、ファンの立場とはまた違った、友達故の喜びはあるけれど、公に出来ない事は誰とも共有が出来ないので、ファン同士、皆でキャーキャー言える方が楽しいだろうな~と羨ましく思う時はある。

友達の立場もなかなか大変です。(苦笑)
2014.12.11 Friend
来るもの拒まず、去るもの追わず。の性格でも、自分とは全く異なる環境の人と友達になる機会というのは、滅多にあるものじゃない。知り合う事はあっても、友達となるとまた違う。

今でも、何で彼と友達になれたのかさっぱり分からない。
本当に何の期待も、望んでなったものでもない。ま、友達って皆そういうもんか。(笑)
でも、日本にいる間に会って話したのは本当に数える程で、向こうは多分その時の事は覚えていないだろう。
お互いに認識して話すようになったのは、初めてイギリスに行った2013年5月のサンダーランドから。
そこから実際に会ったのは今年の夏を含めてたった4回ですよ、奥さん。←誰

でもその間結構な頻度でチャットしてたから、あんまりそんな気はしないのだけれど、会った回数数えたら少なすぎて笑える。(笑)

最初から、何故か気負い無く接しられたのは確か。日本に来て、日本が凄く好きになって帰っていったので、その点で好印象だったし、何故そこまで日本LOVEなのか凄く興味があった。
私が日本人だから、友達になった、というのもあるとは思う。

私は普通の会社員で、趣味で映画鑑賞やら美術鑑賞、ミュージカルを見ているだけだけれど、相手は現役でエンターテイメントの世界を主役で生きていける人間で、ハッキリ言ってそんな友達、私の人生で初めてです。

好きな音楽が全部一緒なわけでも、服の趣味が一緒なわけでも、好きな色が一緒なわけでも、食べ物の好みが一緒なわけでもない。でも、多分美意識は同じという感覚はある。

私は彼のもの凄いファンだったわけでも無いけれど、彼の才能は素人目に見ても他の人より秀でてる部分があると分かるし、パフォーマンスを見るのは好きだった。
今では友達目線が入ってしまっているから、突っ込みつつ(笑)、それでも凄い才能だよな、と感心してしまう。

でも、それだけで友達にはなれない。

何度も書きますが、私から望んだわけでは無い。(友達になって下さい!なんてお願いして友達になる人もいないと思うけど・苦笑)
最初は、私だってきちんと線を引いていた。
でも、色々話したり、会う度に、人間としてすごく魅力的で、色々な事に気がつくし、ボケてるかと思えば意外に覚えてたりとか、全く飽きない。(笑)後は意外と日本人気質なところがあって、気遣いが出来る。だからか、あんまり海外の人といる、という感じがしない。
向こうがあまりに気さくすぎて、どんどん線を越えてくるので、段々こちらも気にしなくなってやりとりを続けていたら、今年の夏にすっぽかしを喰らい(具合が悪くて来られなかったと後で謝られたけど。こういうところは日本人と違う)、絶交(苦笑)してもいいわ!と思って正直に怒り&傷ついたわとぶちまけて仲直りした後、お互い大事な友達になってたのね、と気づいた次第です。(苦笑)

そんな友達は生粋のロンドンっ子でも日本語を勉強中だからか、私の日本語の呟きを訳して読んで勝手に深読みしたりしてるので、TwitterやFacebookにヘタな事を書けなくなった、というのがここへ戻ってきた一番の理由。
また、ヘンな日本語覚えられても困るし。(苦笑)
2014.12.01 2年間
ブログを書かなかった2年間、色んな事がありました。

私の今まで歩んできた中で転換期はいくつもあるのだけれど、その内の一つはミュージカル「RENT」に出会った事。
「RENT」はその後の私の決断に多々影響しているし、今の自分の環境の元になったのは、全てあそこから始まったと言ってもいいと思う。
そして、転換期の内のもう一つは、「Thriller Live」というショーに出会った事。

「RENT」で少しずつ変わってきていた環境が、「Thriller Live」で一気に広がった感じ?

2年間の出来事を全て書く事は出来ないし(覚えてないし)、書く気も無いけれど、「Thriller Live」に出会う前と後では、確実に変わった事がある。

留学時も含めて、今まで出会った海外の人は、殆ど欧米人かメキシコ、アルゼンチン、ブラジルと、殆どが陽気な人種(笑)ばかり。(韓国はアジアなのでまた別)
だから「Thriller Live」で初めて英国人出演者と接した時は、アメリカ人との違いに戸惑ったりもした。
最初からハイテンション(笑)な欧米人と、最初は人見知りする英国人。
でも何度も会って知り合う内に、打ち解けて仲良くなるのが英国人。こういうとこ、日本人に似てると思う。
そして、仲良くなると日本人のようにいつまでも律儀に接してくれる。

決して何かを望んでいたわけでも、期待したわけでもないのは初めに書いておきます。

本当に、人との出会いって不思議だなと思う事がある。
出会いがあれば別れもある。この2年の間、死という別れで、最初に出来たアメリカ人の友達と大好きだった伯母を失った。また、私が、いや、向こうも、両方で手放した別れもある。
でも、新しい出会いも沢山あった。その中で、もの凄く大事にしたいと思える友達が出来た。

今、ここに書き始めようと思ったきっかけがその人である。